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堺市(さかいし)は、近畿地方の中部、大阪府の中南部に位置する市である。 大阪府では人口・面積が第2の都市である。200641日に、日本で15番目、近畿地方では4番目、大阪府でも大阪市に次いで2番目の政令指定都市に移行した。昼間人口より夜間人口のほうが多いために、大阪市のベッドタウンと位置づけられている。

地理

大阪府中央部を流れる大和川を挟んで大阪市の南側に位置し、北東は松原市、東は羽曳野市、富田林市、南東は大阪狭山市、河内長野市、南西は和泉市、西は高石市に接している。 

地域の概要

市の西部は平坦で、古くからの工業地や商業地が多く市街化が進んでいる。大阪湾に面する北西部は新日本製鐵堺製鐵所を始めとする「堺泉北臨海工業地帯」と呼ばれる工業地域である。

 浜寺と諏訪ノ森は屋敷や別荘が建ち並ぶ高級住宅地であり海浜リゾート地であった。今は浜寺沖の埋め立てと重工業コンビナートの形成により、この地域の高級感は少し衰えをみせる。

 中央部は大阪市の上町台地から続く高台(三国ヶ丘台地)で、上野芝にはその地形を生かして戦前、阪和電鉄により「向ヶ丘」「霞ヶ丘」の住宅地が開発された。また、戦後は新金岡や中百舌鳥などに大規模団地が建設され、1970年代には北東部の市街化も進んだ。

 南東部の初芝と大美野は戦前に住宅地として開発されたが、周辺は緩やかな台地と田園地帯で農地も多く残る。南部は丘陵地となっており、泉北ニュータウンが広がっている。

 市名の由来

「堺」の地名は旧摂津国と旧和泉国と旧河内国の3国の「境(さかい)」に発展した町であることから付いたといわれる。江戸時代には「左海」とも表記された(宿院交差点にある石灯籠には「左海たばこ庖丁鍛治」と書かれてある)。堺市の大半は旧和泉国だが、現市域に旧摂津国や旧河内国も含んでいるため、泉州地域と区別され、「堺・泉州」や「堺・泉北」のように分けて表記されることが多い。 

歴史

概要

石器時代

現在の堺市域に人が定住したのは古く旧石器時代とされる。市内各地の遺跡からは旧石器時代の打製石器や縄文時代の土器・石器、弥生時代の銅鐸・土器などが発掘されている。また、浜寺の四ツ池遺跡は池上・曽根遺跡(和泉市・泉大津市)と並ぶ弥生時代の集落遺跡で、堺市域では最大規模を誇る(浜寺中学校造成と第二阪和国道敷設工事のため遺跡としての形はとどめていない)。1989年には国の史跡に指定された。このほか、石津川流域の下田町や鶴田町でも、竪穴住居跡を中心とする集落や土器・金属器などが出土している。

古墳時代(大和王権の重要地)

古墳時代には、泉北丘陵を中心に須恵器の生産が行われた。生産は奈良時代を経て平安時代まで続いた。泉北ニュータウン周辺や信太山丘陵にかけて須恵器の釜跡などの遺跡が点在しており、「陶器」「釜室」などの地名が現在も残る。ヤマト王権成立後は大仙陵古墳など大小100数基の百舌鳥古墳群が造られた。

神功皇后が三韓征伐からの帰途、七道の浜に寄り、地元の豪族の田蓑宿禰に津守氏の姓を与え、住吉三神を祀るように告げたという(住吉大社の起源)。 

飛鳥時代(難波大道と交通網)

飛鳥時代になると、難波宮・難波京や難波津から四天王寺を経て上町台地を南北に貫く難波大道と、飛鳥の都と方違神社を東西に結ぶ丹比道(竹内街道の前身)、大津道(長尾街道の前身)が整備される。奈良時代から室町時代にかけて、これらの街道沿いの大保(丹南)や金岡・日置荘周辺には河内鋳物師と呼ばれる人たちが多く住んでおり、東大寺再興や鎌倉大仏の鋳造などで活躍した。

 平安時代・鎌倉時代(堺北荘と堺南荘)

平安時代には熊野詣の宿として境王子と大鳥居王子が設置された。鎌倉時代には京都、奈良など後背都市の産業を背景に南北の堺荘が成立。堺北荘は摂津国に、堺南荘は和泉国に属した。

 南北朝・室町時代(南朝と勘合貿易、堺公方)

南北朝時代には、南朝(吉野朝廷)方の住吉大社宮司の津守氏に関係して南朝の外港的役割を担うようになり、廻船が発着する港へと発展した。地下請の特権を得て、室町時代には足利将軍家や三管領の細川氏などが行った日明貿易(勘合貿易)の拠点となる。戦国時代には明やルソン・カンボジアなど東南アジア方面での貿易で栄えた。こうした経済的繁栄は内外から注目を集めるようになり、戦国時代初期の室町幕府の内紛の際には「堺公方」と呼ばれる一種の臨時政権が立てられた事がある。

 戦国時代(東洋のベニス)

布教のため来日していたイエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラは、その著書『耶蘇会士日本通信』のなかで、「堺の町は甚だ広大にして大なる商人多数あり。この町はベニス市の如く執政官によりて治めらる」と書いた。この文章によって、堺の様子は『東洋のベニス』として、当時の世界地図に掲載されるほどヨーロッパ世界に認識されることとなる。ヴィレラの後継宣教師であるルイス・フロイスもまた、その著書『日本史』のなかで堺を「東洋のベニス」と記している。

 安土桃山時代(自治都市)

安土桃山時代には貿易港としての地位を揺るぎないものとし、戦乱から町を守るため周囲に堀を巡らせた環濠都市を形成する。会合衆(えごうしゅう)と呼ばれる商人たちが自治的な都市運営を行い、摂津国住吉郡の平野と共に中世の自治都市となるが、織田信長、豊臣秀吉らの前に屈服。都市機能が解体され、彼らの支配下(直轄地)に置かれる。その後、秀吉が大坂城を築き、城下町が開発されるに伴い堺商人の多くが大坂へ強制移住させられた。このため、堺の都市機能は著しく低下した。同様に全国各地の城下町にも堺商人が移り住むようになる。また、この頃から鉄砲生産も盛んに行われるようになった。

 江戸時代(近世都市の源)

江戸時代には堺奉行が置かれ、糸割符など保護を受けるが、鎖国の成立とともに経済の中心は大坂へ移り、管轄も大坂町奉行が兼任する。1704年には大和川の付け替え工事が行われ、陸続きであった堺と住吉が分断された。しかも、この開削により河口付近に多量の土砂がたまったため、堺港に大きな船が停泊できなくなった。これにより、港湾機能も縮小せざるを得なくなった。

 しかし、中世の自由都市堺と、江戸初期の堺の財力は莫大なものがあり、それが後世の日本に与えた影響もまた然りである。中世の日本において一貫して大都市といえるのは京都だけであり、当時陸運の便利がよい京都に商人が集中していた。一方で堺は積極的に海運のため、全国の主に海岸の中小都市に莫大な投資を行った。その当時既に繁栄していた博多、鹿児島、大分などはともかく、それ以外の全国の多くの都市について、その発展の基礎部分に中世の堺商人の投資が大きな影響を与えているともいえ、それは大阪、名古屋、東京なども例外ではない。

 江戸時代後期からそれ以降(工業都市)

江戸時代でも後期に入ると、醸造業などが栄えた影響で再度活気を取り戻すようになる。堺商人は次第に建物に贅を凝らすようになり、「京の着倒れ・大坂の杭(食い)倒れ」とともに「堺の建て倒れ」と呼ばれるほど、町には立派な屋敷が立ち並んだ。

 幕末になり、欧米列強が大坂の開港を要求すると、大坂が京都に近いことを理由に堺がその代港候補に挙がる。だが幕府内の勤皇派は、堺周辺には古墳が多いため、堺を開港地にすると外国人が無断で古墳に出入りする可能性があると指摘。そのため、第二候補であった兵庫(神戸)が開港地に選ばれた。この結果、堺は中世以来の国際貿易港への復帰の道を閉ざされ、その座を神戸に明け渡すことになった。更に明治になってから堺県が設置されたものの、隣県・堺の繁栄を恐れる大阪府の要求により強引に同府に合併されたと言われている。大阪府合併以降は、紡績や煉瓦産業を中心に次第に工業都市へと変貌を遂げていき、阪神工業地帯の一角を占める経済的地盤を作り上げていく。 

なお、堺市の町名には「○丁目」の「目」がつかない。1872年の町名改正で、改正前までは独立していた小さな町を「○○東一丁」や「○○西一丁」などに変更し、「丁」に「町」と同格の意味合いを持たせたことに由来する。以後、周辺の町村を合併し市域に編入したが、町を細分する場合も前例に倣い「丁目」を使わず、美原区を除く市内全域が「丁」で統一されている。

 年表

5世紀 大仙陵古墳(仁徳天皇陵)が造られる。

5世紀 ヤマト王権が茅淳県・大鳥県を設置する。

613 竹内街道が開通。

704 行基が生家を家原寺とする。

713 河内国から摂津国が分離する。

757 河内国の大鳥郡・和泉郡・日根郡が独立、和泉国ができる。

934 紀貫之の『土佐日記』に「いしづ(石津)」の表記がみられる。

1054 藤原定頼の歌集に「さか井」の名が現れる。

1231 小谷城が築城される。

1336 堺北荘が住吉神社(現・住吉大社)領となる。

1337 大魚夜市が始まる。

1338 北畠顕家が足利軍と戦い石津で戦死。

1399 応永の乱で幕府軍が堺城を攻め大内義弘が戦死。

1476 1回遣明船が堺港から出発する。

1502 金魚が明から堺へ輸入される。

1543 堺で鉄砲生産が始まる。

1550 フランシスコ・ザビエルが堺を訪れる。

1568 織田信長が軍用金2万貫を課す。会合衆は拒否するが攻撃され屈服。

1570 織田信長が松井友閑を堺政所に任命(堺奉行の前身)。

1586 石田三成が堺政所になる。

1588 豊臣秀吉が南北の堀を埋めさせる。

1591 豊臣秀吉により堺へ追放された千利休が自害。

1596 慶長の大地震で600人以上が死亡。

1604 堺商人が糸割符年寄に任ぜられ、朱印船貿易が許される。

1615 大坂夏の陣で堺の町が壊滅する。

1615 元和の町割りにより、堺の町が碁盤の目に区画整理される。

1615 江戸幕府の直轄地となり堺奉行が置かれる。

1684 堺最初の地誌『堺鑑』が刊行される。

1696 堺奉行が廃止され、大坂町奉行の管轄になる。

1702 堺奉行が再び置かれる。

1704 大和川が付け替えられる。

1854 安政の大地震で堺港が打撃を受ける。

1863 天誅組が堺港に上陸する。

1867 堺奉行が廃止され、大坂町奉行が堺を管轄。

1868 堺事件が起きる。

1868 堺県を設置する。

1870 鹿児島藩が日本の近代紡績工場第1号となる戎島紡績所を開設。

1870 工部省が鉄道寮堺煉瓦製造所を設立(日本で最初の煉瓦工場)。

1873 日本初の公園となる浜寺公園が開園。

1875 堺県が奈良県を併合する。

1876 南宗寺境内で堺博覧会を開く。

1877 明治天皇が堺に行幸し、熊野小学校などを視察する。

1877 大浜灯台が完成。

1881 堺県が大阪府に併合される。

1888 阪堺鉄道(南海電気鉄道の前身)の難波~堺間開通。

1888 大阪農学校(大阪府立大学の前身)が開校。

188941 市制施行により堺市となる(最初に施行した31市に名を連ねた)。

1892 旧堺奉行所跡に堺市役所ができる。

1895 幕末に築かれた台場跡が大浜公園として整備される。

1895 堺市章を制定。

1897 南海鉄道(阪堺鉄道と翌年に合同)の堺~佐野間開通。

1898 高野鉄道(現南海高野線)の大小路(現堺東)~狭山間開通。

1900 高野鉄道の道頓堀(現汐見橋)~大小路間開通。

1903 大浜公園が第5回内国勧業博覧会の第2会場となる(第1会場は天王寺公園)。

1903 大浜公園内に堺水族館が開館。

1905 浜寺にロシア兵俘虜収容施設ができる。

1906 浜寺海水浴場が開場する。

1907 南海鉄道の浜寺駅(当時)駅舎が完成(後に東京駅を設計した辰野金吾博士による)。

1910 天王貯水池と浅香山浄水場が造られ、上水道が整備される(全国で18番目、大阪府では大阪市に次いで2番目)。

1911 阪堺電気軌道の恵美須町~市ノ町(現大小路)間開通。

1912 阪堺電気軌道の市ノ町~浜寺間と大浜支線宿院~大浜海岸間開通。

1913 大浜公会堂内に大浜潮湯が開業。

1916 堺市立図書館(旧館)が開館。

1920 大阪市の扇町にあった堀川監獄(現在の扇町公園)が堺市に移転、大阪刑務所となる。

1920 泉北郡向井町・湊町を編入。

1920 1回国勢調査(堺市の人口は84995人)。

1922 堺(大浜海岸)~徳島(小松島市横須海岸)間に日本初の民間定期航空便が就航。

1923 堺市公民病院(現在の市立堺病院)が開院。

1925 泉北郡舳松村を編入。

1926 泉北郡三宝村を編入。

1927 阪堺大橋が完成する(大和川に橋が架かったのは大和橋以来220年ぶり)。

1929 阪和電鉄(現JR阪和線)の天王寺~和泉府中間開通。

1930 遠里小野橋が架設される。

1931 全国初の市史となる『堺市史』が完成。

1931 阪堺電鉄の芦原橋~浜寺間開通。

1932 陸軍の騎兵隊・輜重隊兵舎(現在の長尾中学校)、陸軍病院(現在の大阪警察学校)、練兵場(現在の金岡公園)が大阪市の真田山から金岡村(当時)へ移転。以後、通称金岡連隊基地として大阪南部の軍事拠点となる。

1932 昭和天皇が堺に行幸し、堺中学校(現在の大阪府立三国丘高等学校)を視察する(「三国ヶ丘御幸通」の地名はこの行幸に由来)。

1932 大美野田園都市が町開き。

1936 南海鉄道が創業50周年事業として中百舌鳥総合運動公園を開設。

1937 大和川大橋が架設される。

1938 泉北郡神石村・五箇荘村・百舌鳥村・南河内郡金岡村を編入。

1938 光明池(人工の灌漑貯水池)が完成。

1939 室戸台風が堺市を直撃。300人超の死者が出る。

1939 大阪帝国大学(当時)産業科学研究所が浅香山に設立される。

1942 泉北郡浜寺町・鳳町・踞尾村・八田荘村・深井村・東百舌鳥村を編入。

1944 阪堺電鉄が大阪市に買収され、大阪市電三宝線になる。

1944 堺市役所が堺東に移転する。

1945 近鉄大浜線(当時)宿院~大浜海岸間休止(正式に廃止となったのは1980年)。

1945710 堺大空襲。死者1800人を超える。堺駅周辺の龍神地区や宿院、大浜公園などに大きな被害が出る。

1947 浜寺公園と金岡連隊基地跡がアメリカ軍に接収される(それぞれ浜寺キャンプ、金岡キャンプとなる)。

1948 堺(鉢ヶ峯)公園墓地ができる。

1950 ジェーン台風が堺市を直撃。

1955 市民運動によって、いたすけ古墳の保存が決まる。

1956 日本初の住宅公団による団地、金岡団地の入居開始。

1956 浅香山浄水場のツツジの一般公開(通り抜け)が始まる。

1957 南河内郡北八下村を編入。

1958 南河内郡南八下村・日置荘町を編入。

1958 浜寺公園と金岡連隊基地跡がアメリカ軍から返還。金岡連隊基地跡は金岡公園として整備される。

1958 堺泉北臨海工業地帯の造成開始。

1959 泉北郡泉ヶ丘町を編入。

1960 向ヶ丘団地の入居開始。最寄り駅として津久野駅が設置される。

1961 八幡製鐵(後の新日本製鐵)堺製鐵所が設立。臨海部の工業化が開始される。

1961 第二室戸台風が堺市を直撃。

1961 泉北郡福泉町を編入。

1961 南海電鉄が「浜寺ヘルスセンター」開設。

1961 与謝野晶子の歌碑が生家跡にできる。

1962 浜寺海水浴場が閉鎖される(堺市内の海水浴場がなくなる)。

1962 南河内郡登美丘町を編入。

1963 堺市民憲章を制定。

1963 浜寺公園プールが完成。

1964 天王貯水池が閉鎖。

1965 堺市民会館が開館。

1965 戦災復興事業が終わる。

1966 泉北ニュータウン着工。

1966 金岡ニュータウン(新金岡団地)が町開き。

1966 土居川の埋め立てが始まる。

1967 バークリー市と初の姉妹都市提携。

1967 八田荘団地が完成する。

1968 大阪市電三宝線が廃止。市営バスに転換される。

1968 大浜灯台が廃止。

1968 大阪大学産業科学研究所が茨木市に移転(跡地は住宅公団に売却され浅香山団地に)。

1969 堺港と泉北港が統合され、堺泉北港になる。

1970 阪神高速道路堺線が開通。

1971 泉北高速鉄道の中百舌鳥~泉ヶ丘間開通。

1971 堺市立図書館(現中央図書館)が大仙公園に移転。

1971 大仙公園に平和塔が完成。

1971 国立泉北病院が開院(現近畿大学医学部堺病院)。

1972 大泉緑地が開園。

1972 泉北ニュータウンに「青少年の町(ヤングタウン)」ができる。

1973 泉北高速鉄道の泉ヶ丘~栂・美木多間開通。

1974 堺まつりが始まる。

1975 吾彦大橋が架設される。

1975 堺市民オリンピックが始まる。

1976 第二阪和国道の堺~高石間開通。

1976 大阪女子大学が大阪市の帝塚山から移転(現在は大阪府立大学と統合)。

1977 泉北高速鉄道の栂・美木多~光明池間開通。

1979 市制90周年。

1980 堺市博物館が開館。

1981 大阪府立障害者交流促進センター(ファインプラザ大阪)開設。

1982 阪神高速道路湾岸線の南港北~三宝間開通。

1982 台風10号が堺市を直撃。大和川が氾濫し、大きな被害が出る。

1983 全国初の政治倫理条例を制定。

1983 連雲港市と友好都市提携。

1985 南海本線の大和川~石津川間高架化。

1986 37回全国植樹祭が大仙公園で開催。

1986 陶器山トンネルが開通。泉北ニュータウンと狭山ニュータウンが繋がる。

1987 地下鉄御堂筋線が中百舌鳥まで延伸。

1987 阪神高速道路湾岸線の三宝~出島間開通。

1987 南大阪地域地場産業振興センター(じばしん南大阪)開設。

1989 市制百周年記念「オランダフェスティバル・ダッハらんど」開催。

1989 阪和自動車道の松原JCT~美原北IC間開通。

1991 阪和自動車道の美原北IC~堺IC間開通。

1991 堺泉北有料道路の供用開始。

1993 阪和自動車道の堺IC~岸和田和泉IC間開通。

1993 阪神高速道路湾岸線の出島~助松間開通。

1994 ウェリントン市と姉妹都市提携。

1995 さかいハートフルランドが始まる。

1996 中核市へ移行。

1996 堺市の小学校33校で病原性大腸菌O157による集団食中毒が発生。

1996 市立堺病院が移転、新装開院。

1998 南海本線の浜寺公園駅と諏訪ノ森駅が、国の登録有形文化財に登録される。

1999 23回全国育樹祭が大仙公園と蜻蛉池公園(岸和田市)で開催。

1999 大型児童館「ビッグバン」開館。

2000 「世界民族芸能祭」が堺旧港と大仙公園で開催。

2000 龍女神像(乙姫像)が堺旧港波止に復元。

2001 国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)開設。

2001 「ヤングタウン」が閉鎖。

2004 南阪奈道路の供用開始。

2004 さかい新事業創造センター開設。

200521 南河内郡美原町を編入。

200641 政令指定都市移行、区制施行。

20061010日ご当地ナンバーに堺誕生 

「堺町」のある都市

堺商人が全国で活躍した証しとして、旧城下町から発展した都市には「堺町」もしくは「栄町」という地名が今も残っている。

 

「堺町」もしくは「堺丁」がある都市 - 岸和田市、大和郡山市、和歌山市、姫路市、津山市、倉吉市、広島市、高知市、北九州市(旧小倉市)

「栄町」もしくは「栄」がある都市 - 会津若松市、甲府市、金沢市、福井市、静岡市、浜松市、名古屋市、岐阜市、彦根市、岡山市、浜田市、徳島市、久留米市、佐世保市

「堺筋」がある都市 - 大阪市、富田林市

備考

旧東京市にも日本橋堺町、京橋栄町、神田栄町があったが、町名変更により消滅した。

京都市にある堺町通は、「町の境」を意味するという説が有力である。

酒田市は江戸時代、「東の堺」と呼ばれ、堺を模して町が作られた。町は三十六人衆という自治組織により運営されていたが、これも堺の会合衆の影響といわれる。

橿原市の今井町は江戸時代、「陸の堺」と呼ばれ、商業都市として栄えた。堺同様、町を囲うように環濠が掘られている。

堺空襲

1945(昭和20)年当時、日本には180の都市があり、うち58都市がアメリカ軍による空襲を受けた。アメリカ軍は180都市を人口の多い順に空襲する作戦をとり、堺市は人口18万人で空襲順位は24位であった。広義の「大阪大空襲」で着弾目標地点が置かれたのは大阪市(空襲順位2位)と堺市、尼崎市(同25位)のみである。アメリカ軍は堺市を空襲都市に選んだ理由を「堺の主要価値は大阪市に近接していて、その工業が大阪市と統合されていることである。また、この都市は大阪の軍需工場の労働者に住宅を提供している。大阪の工場に打撃を与えるために、堺の軍需工場は疎開可能箇所として重要である」(アメリカ軍の作戦任務報告より)としているが、実際は非戦闘員を目標にした無差別爆撃であった。被害は工場より民家に集中した。

 堺空襲(1945年)

313日・14 - 1次堺空襲(第1次大阪大空襲):B29焼夷弾

615 - 2次堺空襲(第4次大阪大空襲):B29焼夷弾

626 - 3次堺空襲(第5次大阪大空襲):B29焼夷弾

710 - 4次堺大空襲(第6次大阪大空襲):B29焼夷弾、着弾点を初めて堺に置く

810 - 5次堺空襲:艦載機・機銃掃射

堺が発祥とされるもの

「ものの始まりなんでも堺」といわれるほど、堺を「発祥の地」とするものが伝承も含めて多数ある。

 鉄砲製造

三味線

線香

金魚

かるた

関東煮

だんじり

ふとん太鼓

すずめ踊り 青葉城築城に従事した堺出身の職人が藩主伊達政宗の前で踊ったのが宮城県で根付いた

銀座

市町村合併・政令指定都市への移行

200521日に東隣の美原町を編入合併した。この編入合併によって政令指定都市の実質上の要件である80万人を超えたため、200641日に政令指定都市へ移行した。 

なお、隣接する高石市や大阪狭山市とも合併を予定していたが、2003年に高石市で合併の是非を問う住民投票が行われ、反対多数により堺市との合併問題研究協議会は解散。大阪狭山市では合併協議会設置が議会で否決された。合併はならなかったが、高石市とは市外局番が同じ(072局・堺MA)であり、現在も消防事業は共同で行っている(堺市高石市消防組合)。また、大阪狭山市内には堺市の飛び地が存在する。

 

複数の政令指定都市が存在する都道府県は、これまでにも神奈川県(横浜市、川崎市)、福岡県(福岡市、北九州市)の2つだけしかなく、堺市の政令指定都市移行により、全国3府県目の事例となる。

 今後は、政令指定都市・自由都市である堺をもっとアピールしていくために、仁徳天皇陵の世界遺産への登録を実現する動きが課題となっている。

 政令指定都市への道のり

1956 政令指定都市制度が施行。

1961 河盛安之介市長が、臨海工業地帯の造成と泉北丘陵の開発を柱とする「100万都市構想」を発表(事実上の政令指定都市昇格目標宣言)。

1963 人口が40万人を超える。

1966 和泉市の横田礒治市長が、5市合併で政令指定都市になった北九州市を手本にした「泉北合併都市構想」を発表。堺市・泉大津市・和泉市と高石町(当時)・忠岡町の32町の大合併で政令指定都市移行を目指す。大阪府も合併を勧告。

1966 河盛市長が合併構想を受け、泉北32町に加え松原市・羽曳野市・富田林市・河内長野市・美陵町(当時)・狭山町(同)・美原町(同)を含めた「広域都市構想」を発表。

1966 堺市・泉大津市・和泉市の3市議会が合併案を議決。3市による合併協議会が設立(高石町は単独市制施行の道を選び、忠岡町は合併の利点がないとして加わらず)され、3市長も合併協定書に調印。

1966 泉大津市の久保泰雅市長(社会党)と市議6人が合併汚職で摘発。

1967 泉大津市の久保市長が辞任。その後行われた市長選で、合併反対派の茶谷徳松が当選。

1967 泉大津市・和泉市で合併反対運動が激化。大阪府が合併不認可を表明し、3市合併は白紙に。

1967 人口が50万人を超える。

1971 河盛市長が引退。民社党などが推した土師半六が市長に当選。

1972 人口が60万人を超える。

1972 土師市長、浪速医科大学(仮称、不認可)誘致にからんだ汚職事件で辞職。出直し選挙で我堂武夫が市長に当選。

1974 人口が70万人を超える。

1976 堺市が庁舎問題等審議会を設置。

1976 我堂市長が政令指定都市昇格を正式に表明。

1983 人口が80万人を超える。

1983 堺市が指定都市準備室を設置。

1983 堺市議会が指定都市問題対策特別委員会を設置。

1983 仙台市・千葉市・堺市の3市で「事務連絡協議会」設立。3市揃っての政令指定都市移行を目指す。

1984 田中和夫が市長に当選。

1986 人口が819千人となり過去最高を記録。以後減少に転じる。

1989 田中市長が急死。幡谷豪男が市長に当選。

1991 行政区設置を見据え、市内を6地区に分割した支所制度を導入。支所区域名称選定委員会が「東・西・南・北・堺・中」を選定。

1991 堺市役所高層館が完成。

1992 中支所が開所(東百舌鳥・深井・八田荘・泉ヶ丘出張所廃止)。

1993 堺商工会議所が堺市指定都市問題懇話会設立。

1993 堺市が東京事務所を開設。

1994 堺市が指定都市対策室を設置。

1995 南支所が開所(泉北ニュータウン東・同中・同西出張所廃止)。

1995 堺市・美原町広域行政課題連絡協議会設置。

1996 中核市制度施行。中核市へ移行した12市(宇都宮市、新潟市、富山市、金沢市、岐阜市、静岡市、浜松市、堺市、姫路市、岡山市、熊本市、鹿児島市)のうち、堺市は最大の人口を擁する都市として、「第1回中核市サミット」の開催地に選ばれる。

1996 堺市指定都市問題懇話会が改組され、堺市指定都市推進協議会を設立。

1996 西支所が開所(津久野・鳳・浜寺・福泉出張所廃止)。

1997 人口が80万人を割る。

1997 東支所が開所(日置荘・南八下・登美丘出張所廃止)。

2000 北支所が開所(五箇荘・金岡・新金岡・百舌鳥・北八下出張所廃止)。

2000 堺市役所旧本館に堺支所が開設され(神石出張所廃止)、6支所体制が完成する。

2001 国の「合併支援プラン」で「20053月までに大規模な合併が行われた場合には、政令指定都市の弾力的な指定を検討する」と緩和の方向が打ち出される。

2001 木原敬介が市長に当選。

2002 堺市・高石市合併問題研究協議会を設置。

2003 高石市、大阪狭山市、美原町に合併を申し入れ。

2003 堺市・美原町合併協議会を設置。

2003 高石市長選で合併反対派の阪口伸六が当選。堺市・高石市合併問題研究協議会が解散。

2003 大阪府と堺市が「政令指定都市移行連絡準備会議」を設置。

2004 堺市役所新庁舎(本館)が完成。堺支所が移転する。

2004 大阪府と堺市が「政令指定都市移行連絡会議」を設置。

20052 美原町を編入合併(美原支所設置)。人口が80万人を超える。

20053 堺市議会が「堺市の政令指定都市の実現に関する意見書」を可決。

20055 大阪府と「事務移譲等に関する確認書」を締結。

20055 大阪府議会が「堺市の政令指定都市の指定に関する意見書」を可決。

200510 政令指定都市移行が閣議決定。

200512 区名が正式決定。

20064 政令指定都市移行・区制(堺区・中区・東区・西区・南区・北区・美原区)施行。

産業

主な商業地

 堺東駅前堺東駅

高島屋 - 1964年、大阪市外で最初の百貨店として開店。堺東駅ビルの改築工事の一環として入居した。1984年に開業20周年を迎え店内を改装。店舗を拡張して「アップル専門店街」を併設した。以後、高島屋とアップル専門店街で「堺タカシマヤショッピングセンター(SC)」を構成する。2002年にアップル専門店街を高島屋が統合する形で新たな「高島屋堺店」となり、ソフマップをテナントに入れるも2年で撤退。現在はユニクロやABCマートなどをテナントに入れている。なお地下レストラン街は、現在もアップルの名称やロゴ(upル)をそのまま使用している。

ジョルノ - 戦後の闇市を起源とする「堺中央マーケット」の老朽化が進んだため、1981年に行政と組合が開発主体となり再開発ビル「ジョルノ」として生まれ変わった。開業以来、核店鋪にはダイエーが入居していたが2001年に閉店。現在は核テナントとして生鮮館PASTO、キャップ書店、ダイソー、ハローワークなどが入居している。堺東駅とはペデストリアンデッキで結ばれている。

堺銀座商店街 - 明治時代に高野鉄道が開通した時からある古い商店街。戦後、旧市内の商店が空襲に遭い打撃を受けたことや、堺東に市役所など官庁が移転してきたことで、堺の中心商店街としての地位が高まった。1953年にアーケード(ビニール式)が完成。1988年にはモスク型のアーケードに生まれ変わった。ここ数年は、堺市の支所制度導入に伴う堺東の地位低下もあり、かつてのようなにぎわいはない。人気フォークデュオ、コブクロがインディーズ時代に路上ライブを行っていた地でもある。一時、空きビルに場外馬券場を誘致しようという動きがあったが、住民の反対運動により計画は潰れた。

宿院駅

江戸時代から住吉大社頓宮と開口神社の門前町として栄えた。明治時代には劇場街となり、なかでも「卯の日座」は堺最大の劇場として有名だった。1891年には新派の川上音二郎一座が書生芝居の旗揚げ興行を行ったほか、曾我廼家五郎も一座を旗揚げ後、「卯の日座」で最初の興行を行った。山之口商店街は、戦前までは「堺の心斎橋」と称され、「電気館」など映画館も数多くあり大いににぎわったが、戦後は衰退の一途である。また、大小路筋を挟んで北側の通称「天神」は、菅原神社の門前町として歓楽街を形成。現在も飲食店が軒を連ねる。

堺駅

1985年に現在地に移転、高架駅となるまでは、現在の南口に駅舎があった。1986年にイトーヨーカドーが駅前に出店(関西1号店)した。駅ビルに隣接する商業ビルは、入居する核テナントの誘致計画(西武百貨店やダイエー系のプランタンなど)がことごとく頓挫し、高架駅にしては不釣合いな駅舎のまま長年放置されていた。結局、南海電鉄がミドリ電化や紀伊國屋書店(現在は旭屋書店)、食品スーパーのエース新鮮館などからなる自前の複合商業施設「PLATPLAT(プラットプラット)」を2000年に開業した。1993年には西口にリーガロイヤルホテルが開業。大阪市営バスも乗り入れるようになった。

堺市駅 - ベルマージュ堺(イズミヤ)、堺市駅商店街

北花田駅 - ダイヤモンドシティ・プラウ(阪急百貨店、ジャスコ)

新金岡駅 - しんかなCITY、エブリー(SATY)、ドン・キホーテ

津久野駅 - ダイエー、イトーヨーカドー

鳳駅 - おおとりウィングス(ダイエー)、鳳本通商店街

泉ヶ丘駅 - パンジョ(高島屋)、ショップタウン泉ヶ丘、ジョイパーク泉ヶ丘(トイザらス、しまむら)

栂・美木多駅 - ダイエー、クロスモール(イズミヤ、TOHOシネマズ泉北)

光明池駅 - 西友、サンピア、(ダイエー、カルフール、コムボックスの所在地は和泉市)

北野田駅 - ライフ、ダイエー

堺市の「中百舌鳥副都心計画」

1982年に発表された大阪府の総合計画で、豊中市の千里中央、東大阪市の荒本とともに、堺市の中百舌鳥が「大阪府の新都心」として位置付けられることになった。1983年には堺市も総合計画を発表し、中百舌鳥を「堺市の副都心」として位置付けた。ちょうど中百舌鳥にあった日本ピローブロック製造の本社工場が美原町(当時)に移転することになり、その跡地に大規模商業施設を誘致することも計画に盛り込まれた。19874月に地下鉄御堂筋線が中百舌鳥まで延伸されたことを機に区画整理事業が始まった。大規模商業施設への出店を募ったところ、そごう、西武百貨店、阪急百貨店などが入札に参加した。設計競技段階では西武が落札したが、駅周辺の土地を先行取得していたそごうが西武への土地提供を拒否。「そごう所有地」の看板を掲げて、西武と縄張り争いのようになった。一方、堺市はなかなか進まない事業を後押しするため1991年、「第三次堺市総合計画」で中百舌鳥を新都心として位置付けるなど事態の収拾に乗り出した。しかし、1992年に西武は「業績悪化」を理由に中百舌鳥進出を断念。事業からの撤退を表明した。バブル崩壊により、そごうも1993年、中百舌鳥からの撤退を表明。再開発事業は失敗に終わった。その後、西武とそごうは「ミレニアムリテイリンググループ」として経営統合され、現在に至る。堺市にとっては何とも皮肉な結果となった。そのほか、堺市役所の本庁機能の中百舌鳥移転も計画された。しかし、現在本庁のある堺東駅前の商店会などから、堺東駅前の経済が地盤沈下することを理由に強い反対を受けて頓挫してしまった。このため近年まで中百舌鳥駅北側は更地が多かったのだが、2002年に駅前にロータリーが完成。大規模計画がすべて頓挫したことから、駅前には無秩序にマンションや商業ビルが林立している。

都市再生緊急整備地域

都市再生の拠点として国が定めたもので、都市開発事業などを通じて重点的に市街地整備を推進すべき地域とされている。堺市内では以下の3地域が指定されている。

堺臨海地域 - 新日本製鐵堺製鐵所の高炉休止・事業所縮小(1990年)によって生じた遊休地を開発する計画。堺市は「臨海新都心」(愛称・堺浜)と位置づけ、マリーナ、海とのふれあい広場、干潟などを整備している。2006321日に「堺浜シーサイドステージ」の第1期工事が完成。シネコンなどを備えた大型複合施設(堺浜えんため館)も415日に開業した。天然芝のサッカーグランドやクラブハウス、宿泊施設を備えた西日本初のナショナルトレーニングセンター建設も決定した。将来的にはLRTの乗り入れも検討されており、堺製鐵所の敷地内には「トランスロール」堺浜試験線が引かれている。なお、新日本製鐵は当初、堺製鐵所の遊休地にアメリカのユニバーサルスタジオを誘致することでユニバーサル社と話を進めていた。かねてより日本進出を目論んでいたユニバーサル社と北九州市のスペースワールドを開業したノウハウを持つ新日本製鐵の思惑が合致したためだが、交通の便の悪さを理由に合意が得られなかった。

堺東駅西地域 - 大きく3地区の開発計画がある。(1)裁判所庁舎の建て替え工事など官庁街の整備、(2)銀座商店街南側に市民ホールなどを備えた再開発ビル建設、(3)(西地域ではないが)駅東側の車庫跡に高層マンション建設、である。堺東駅前はジョルノが25年前に開業して以来、市役所を除いてほとんど変化がない。むしろ寂れる一方で、1990年代にはスーパー(長崎屋・イズミヤ・ニチイ)の撤退が相次いだ。堺市の玄関駅でもあり、最も開発が急がれている地域である。

鳳駅南地域 - 東急車輛工場跡地に高層マンションが建設されるとともに、シネコンなどが入った大型複合商業施設ができる予定。鳳駅は一部の特急が停車するほどの阪和線でも重要な駅の一つだが、「駅前」と呼べるものがないに等しく、今後は駅前ロータリーの整備も検討されている。

伝統産業

堺刃物(包丁など)

堺の包丁は料理人などが使う業務用包丁のシェアは9割を超えるが、一般用包丁では1割未満である。これは錆びないステンレス製の包丁が広まり、手入れのかかるものは使われなくなったためである。

堺式手織緞通(敷物、日本敷物団地)

堺線香

堺の線香の生産量は戦前まで3割以上のシェアを占めており、全国一だった。しかし、戦後は中国などからの安価な輸入品や他業種の新規参入などで徐々に減り、最近ではシェアは12~13%、年間生産量は約1,000トン、年間生産額は約30億円で推移している。事業所数も戦前は市内に60ヶ所以上あったが、今は約15ヶ所となっている。これは家庭などから仏壇が消えて消費量が減ったことも一因である。

堺五月鯉幟

堺和ざらし浴衣

堺昆布(酢昆布など)

堺土人形

自転車

家具・木材(大阪木材工場団地)

和菓子

阪堺線の宿院駅を中心に花田口駅から御陵前駅にかけて、肉桂餅・けし餅・大寺餅・天神餅・くるみ餅など老舗の和菓子屋が数多く集まっている。阪堺線浜寺駅前には浜寺公園の松に由来する明治時代からの銘菓・松露だんごがある。

地酒

江戸時代中期から戦前まで堺市は、神戸市・灘に次ぐ全国第2位の酒造地だった。主な銘柄には「金露」「都菊」「菊泉」などがあった。なかでも「金露」は江戸時代から続く老舗銘柄で、堺一の名酒と評判が高かった。しかし、戦災で酒蔵が焼けたり、河川の濁りが激しくなったりしたことなどから、「金露」をはじめ堺の酒造会社は戦後、灘へ移転。堺市内の酒造会社はなくなった(ただし、美原区に「梅林」という地酒がある)。なお、「金露」は1995年の阪神・淡路大震災で機械設備の破損など大きな打撃を受けたため、経営が悪化。1997年に廃業している。またアサヒビールは、堺の酒造家・鳥井駒吉が1889年に設立した大阪麦酒が前身である。

(鉄砲)

戦国時代より、火縄銃の生産が盛んであった。このとき培われた鉄の筒を作る技術が、自転車のフレーム(車体)作りの技術に応用され、堺の自転車生産の原動力になったとも言われている。

堺市で事業を営む主な企業

堺市に本社を置く主な企業

上場企業

シマノ - 東証1部。自転車用駆動・ブレーキ部品の総合メーカー。釣り具も展開。

ダイセル化学工業 - 東証1部。セルロースと有機合成の大手メーカー。元大日本セルロイド。

堺化学工業 - 東証1部。酸化チタンの大手メーカー。製薬会社カイゲンの親会社である。

ラウンドワン - 東証1部。ボウリング・ゲーム・カラオケの複合店を経営。

コーナン - 東証1部。日曜大工小売店から出発した関西最大のホームセンター。

くら寿司 - 東証1部。ロードサイド型の回転寿司店を展開。社名はくらコーポレーション。

サトレストランシステムズ - 大証1部。ファミリーレストランの「和食さと」などを展開。

ダイベア - 大証2部。大手軸受メーカー株式会社ジェイテクトのグループ会社。

サカイ引越センター - 大証2部。引越し業界2位。派手なCMで全国展開を図っている。

アサヒ衛陶 - 大証2部。便所や洗面台の関連製品を製造。

加地テック - 大証2部。コンプレッサ・繊維機械・鋳造品の製造。

誠建設工業 - 大証2部。住宅事業(分譲・注文・リフォーム)全般。

ユークス - 大証ヘラクレス。家庭用ゲームソフトの受託開発メーカー。新日本プロレスを傘下に持つ。

その他

タマノイ酢

前田製菓

日清シスコ

中野物産 - 「都こんぶ」を製造販売。

はや - 「民芸肉料理」を看板に和食店やとんかつ店など多角展開。

EH(エクセルヒューマン)

大阪いずみ市民生活協同組合

生活協同組合エスコープ大阪

タケモトピアノ

美津和タイガー - プロ野球選手用バット公認メーカー。「虎印」で知られる。

日本ピローブロック製造

大和川染工所

三宝伸銅工業

株式会社ネット - パチスロの製造販売。

南海バス

南海ウィングバス金岡

ミウラ化学装置 - 環境商品の製造。

ロアス - OA機器の製造販売。

アルゴシステム - コンピュータシステムの開発設計。

パンジョ - 泉北髙島屋をキーテナントとして、123店の専門店を備えたショッピングセンター「パンジョ」を経営する大阪府都市開発の子会社。

進和建設工業

天牛堂書店

わんだーらんど - マンガ専門店の草分け的な存在。

堺市に拠点・事業所を置く主な企業

堺区

新日本製鐵堺製鐵所

クボタ堺製造所・大浜工場

セントラル硝子堺工場

高速オフセット堺工場

コニカミノルタ堺サイト

富士写真フイルム大阪事業所

昭和電工堺事業所

大阪製鐵堺工場

栗本鐵工所大阪臨海工場

福助 - 2003年まで堺に本社があった。現在は事業所と商品センターのみ。

中区

朝日新聞堺工場

東区

ナカバヤシ - 「本社工場」がある。

西区

クボタ堺臨海工場

コスモ石油堺製油所

ライオン大阪工場

関西電力堺港発電所

宇部興産堺工場

東燃ゼネラル石油堺工場

日立造船堺工場

大阪ガス泉北製造所

日新製鋼堺製造所

丸一鋼管堺工場

栗本鐵工所堺工場

中外炉工業堺事業所

北区

ダイキン工業堺製作所

南区

スズケン堺支店 - 堺市内はもちろん、和泉市や泉大津市など、堺市近郊の医療機関の多くは、ここから医薬品などを仕入れていると言われている。

美原区

フルタ製菓美原工場

漁業

堺出島漁港 - とれとれ市

石津漁港

堺魚市場

農業

鉢ヶ峯健康朝市「コスモス館」

フォレストガーデン

姉妹都市・提携都市

国内

種子島(鹿児島県西之表市、熊毛郡中種子町、熊毛郡南種子町)

19861018日友好都市提携

東吉野村(奈良県吉野郡)

19861018日友好都市提携

(和歌山県東牟婁郡本宮町と199854日に友好都市提携を結んだが、200551日に本宮町が田辺市と合併したため解消した)

海外

 バークリー(アメリカ合衆国カリフォルニア州)

1967113日姉妹都市提携

 連雲港市(中華人民共和国 江蘇省)

1983123日友好都市提携

 ウェリントン(ニュージーランド)

199424日姉妹都市提携

地域

教育

小中学校と高等学校、その他の学校については、各区の記事を参照のこと(参考:大阪府の高等学校、大阪府の中学校、大阪府の小学校)。

大学

大阪府立大学(中百舌鳥キャンパス・大仙キャンパス)

帝塚山学院大学(泉ヶ丘キャンパス)

プール学院大学

羽衣国際大学

太成学院大学

短期大学

プール学院大学短期大学部

羽衣学園短期大学

堺女子短期大学

大阪健康福祉短期大学

スポーツ

野球

プロ野球

南海ホークス

中百舌鳥球場(南海電鉄が建設した最初の本拠地):1939年~1942年。1950年、大阪球場完成により主に二軍の練習場として使われるようになった。1987年には大阪球場を含む難波再開発事業計画に伴いホークス本拠地とする話も持ち上がったが、1988年にチームが福岡市に移転してからは賃貸グランドとなり、ボーイズリーグ「ジュニアホークス」の練習場や少年野球大会の会場などに使われていたが2001年に閉鎖。跡地には現在、マンションが建つ。

社会人野球

(都市対抗野球大会出場チーム)

新日鐵堺(9回出場。1974年ベスト41989年ベスト4。現在は休部中)

NOMO Baseball Club2005年)

高校野球

(甲子園出場校)

大阪府立三国丘高等学校(1934年春・1984年春)

大阪府立泉陽高等学校(1954年春ベスト41954年夏ベスト8

初芝高等学校(1974年春)

サッカー

高校サッカー

(全国大会出場校)

大阪府立三国丘高等学校(1930年ベスト41951年準優勝)

初芝高等学校(1968年優勝、1970年ベスト4

バレーボール

Vリーグ

堺ブレイザーズ(旧新日本製鐵。日本バレーボールリーグで11回優勝。Vリーグは1997年・1998年・2006年に優勝)

八幡製鐵が堺市に製鐵所を設置したのは1961年。1969年にはバレーボール部が北九州市から堺市に本拠地を移転した。1970年、八幡製鐵と富士製鐵が合併して社名が新日本製鐵になる。バレーボール部は「燃える鉄人」の愛称を持ち「新日鐵ブレイザーズ」と名乗った。2001年からクラブチームとして「堺ブレイザーズ」に改称し、地域密着を図っている。

高校バレー

(全国大会出場校)

愛泉高等学校(現・堺女子高等学校、19843位)

(高校総体出場校)

堺市立商業高等学校(19603位)

相撲

大相撲

大相撲春場所(大阪場所)が難波の大阪府立体育会館で行われるため、距離的に近い堺市に場所中、以下の部屋が宿舎を構える。

間垣部屋(師匠は元横綱二代目若乃花) - 堺東の商店街に面して稽古場がある。

尾車部屋(師匠は元大関琴風) - 三宝

宮城野部屋(白鵬が在籍) - 西本願寺堺別院

出羽海部屋 - 祥雲寺

桐山部屋 - 天理教泉大教会(大浜)

井筒部屋 - 以前は、出雲大社大阪分祠(初芝)だった。2006年は大阪市西成区内。

甲山部屋 - 東光学園(東百舌鳥)、2002年に弟子が全員引退し、親方は湊部屋所属となった。

立田川部屋 - 東光学園(東百舌鳥)、2000年に陸奥部屋へ吸収合併された(2006年の陸奥部屋の宿舎は大阪市住之江区内)。

(堺出身力士)

佐田の海鴻嗣(最高位小結)

龍興山一人(最高位前頭)

泉州山喜裕(現役)

学生相撲

大浜は学生(アマチュア)相撲発祥の地である。1919年、旧大浜相撲場で第1回全国学生相撲大会(毎日新聞社主催)が開かれた。その後、東京に主会場を変更した時期もあったが、1974年から開催地が再び大浜に戻った(当初は大浜体育館の特設土俵)。1981年には大相撲と同じ規格の「大浜公園相撲場」が完成。現在、全国学生相撲選手権大会は東京の両国国技館と隔年ごとに開催されている。

(大浜公園相撲場で開かれる主な大会)

世界相撲選手権大会

アジア相撲選手権大会

西日本実業団相撲選手権大会

全国学生相撲選手権大会

全日本新相撲選手権大会(女子)

水泳

堺市には臨海工業地帯が造成されるまで海水浴場が4か所(大浜・湊・諏訪ノ森・浜寺)あった。なかでも浜寺は、海浜リゾート地として全国に名を知られていた。現在でも諏訪ノ森から浜寺公園にかけての一帯は、大仙公園周辺とともに「風致地区」に指定されている。また愛知県碧南市にはかつて、浜寺の白砂青松にあやかった「新浜寺海水浴場」があり、海岸が埋め立てられた今も「浜寺町」の地名が残る。泉大津市にも1960年代半ばまで「南浜寺」という地名が存在した(現在の松之浜町)。近くに助松海水浴場があり、「浜寺」ブランドにあやかった別荘地として知られた。現在も区画整理された町割に邸宅が点在する。鳥取県米子市の皆生温泉も60年代まで「山陰の浜寺」と呼ばれていた。これは米子市が「山陰の大阪」と呼ばれており、大阪に近い海水浴場として「浜寺」がイメージされたもの。

浜寺水練学校

浜寺水練学校は1905年、毎日新聞社が浜寺海水浴場開設と同時に海泳練習場として開校、100年の歴史を誇る。現在は浜寺公園プールを使用。クロールや平泳ぎなど基本泳法のほか、日本泳法の能島流も指導する。また、浜寺は日本のシンクロナイズドスイミング発祥の地であり、1950年代からシンクロを指導していた。

スポーツイベント

泉州国際市民マラソン - 2月第3日曜。浜寺公園をスタートに大浜中町折り返し、りんくうタウン(泉佐野市)ゴールのコース。読売新聞社が後援。

堺シティマラソン - 429日。大仙公園をスタート・ゴールに、大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の周回コース。産経新聞社主催。

ツアーオブジャパン(サイクリングロードレース) - 5月第2日曜。大阪ステージ。泉北周回コースを走る。朝日新聞社主催。

浜寺レガッタ - 5月。漕艇。エイト、フォアなど浜寺運河で行う(主会場となる浜寺漕艇場は高石市にある)。

堺市民オリンピック - 体育の日(10月第2月曜・祝日)に金岡公園などで行われる。

現在、大津市の皇子山陸上競技場をスタート・ゴールに行われている「びわ湖毎日マラソン」と、京都市の西京極陸上競技場をスタート・ゴールに行われている「全国高等学校駅伝競走大会」は1960年代まで大阪で開催していた。堺市内もコースに含まれており、浜寺公園や金岡公園を発着点にしていた時期もあった。現在の国道26号・府道堺阪南線などをコースに使用していたが、交通渋滞などのため、いずれも変更された。

スポーツ施設

野球場

堺浜野球場 - 新日本製鐵堺製鐵所内。旧新日鐵堺グランド。照明設備もあり、全日本クラブ野球選手権の大阪地区予選やNOMO Baseball Clubによる堺ジュニアスポーツ教室などが開催される。

大浜公園野球場 - 大浜公園内。1938年に南海球団の本拠地となった堺大浜球場の流れを汲む。現在は少年野球など軟式野球とソフトボールのみ使用。

サッカー場

築港八幡町地区に日本サッカー協会公認で、日本で3番目、西日本では初めてとなるサッカー練習場・ナショナルトレーニングセンターが2008年に完成する予定である。計画では、敷地面積約40ha、天然芝と人工芝のフィールドが15面以上、フットサル場やクラブハウスも併設される。

陸上競技場

金岡公園陸上競技場 - 金岡公園内。収容人員15,000人。もとは陸軍(戦後はアメリカ軍)の練兵場であった。1990年に改修工事を行い、メインスタンドを併設した全天候型トラックに生まれ変わった。日本陸連の第2種公認競技場として各種競技会で使用されている。現在、大阪府内で第2種陸上競技場として公認を受けているのは、金岡公園陸上競技場のほかは、枚方市立陸上競技場と吹田市立総合運動場のみである。

中百舌鳥総合運動場 - 1936年に南海鉄道が開設した「中百舌鳥総合運動公園」内にあった。1960年に長居陸上競技場ができるまでは、大阪府唯一の第1種公認競技場で、堺市のほか大阪市や泉北地区の各種競技会の会場になった。陸上競技の全国大会が開催されたこともある。長居陸上競技場完成後は整備もされないまま放置され、1970年に住宅公団に売却された。跡地に建つ中百舌鳥公園団地の「公園」の文字が当時を物語る。

体育館

金岡公園体育館 - 金岡公園内。陸上競技場同様、1990年に改修工事を行い、大体育室のほか小体育室・トレーニング室などを併設。堺ブレイザーズのホームタウンマッチ会場で、プロレスなど各種屋内競技も行われる。

大浜体育館

鴨谷体育館

初芝体育館

家原大池体育館

美原体育館

プール

浜寺公園プール

大浜公園プール

金岡公園プール

泉ヶ丘公園プール

のびやか健康館(温水プールを併設)

ゴルフ場

堺カントリークラブ

泉ヶ丘カントリークラブ

天野山カントリークラブ

その他

堺カートランド

芸術

音楽

オーケストラ

大阪シンフォニカー交響楽団 - 1980年創立。当初の事務局は大阪市住吉区帝塚山。2000年に本拠地を堺市へ移転した。大阪府に拠点を置く4大プロオーケストラ(他に大阪フィルハーモニー交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、大阪センチュリー交響楽団)の一つである。ただ、堺市にはオーケストラ対応の音楽系ホールがないため、定期演奏会はザ・シンフォニーホール、いずみホール(ともに大阪市)、河内長野市のラブリーホールで行っている。そのため堺市では、老朽化した市民会館をオペラやバレエ、オーケストラなどの公演が可能な音楽系舞台施設として建て替える計画がある。

堺フィルハーモニー交響楽団 - 1971年に堺市青少年吹奏楽団として発足。定期演奏会は堺市民会館のほか、SAYAKAホール(大阪狭山市)で行っている。南大阪最大のアマチュア・オーケストラ。

羽衣管弦楽団 - 浜寺や羽衣(高石市)在住の実業家によって1915年に創設されたアマチュア楽団。資金難により3年ほどで解散したが、大阪府最古のオーケストラとして記録される。

吹奏楽団

美原ウインドオーケストラ・ステラ - 1996年結成。美原区を拠点に活動中。

堺市音楽団

合唱団

合唱団フェニックス

泉北混声合唱団

堺市少年少女合唱団 - 1968年(昭和43年)発足。

堺リーブズハーモニー - 堺市少年少女合唱団のOBらによる合唱団。

オペラ

堺シティオペラ - 1986年に設立。堺市民会館やウェスティホールなどで行う定期公演のほか、海外の歌劇場との提携も積極的に行っている。日本を代表する「市民オペラ」である。

ゴスペル

ゴスペルパーティー - 2000年に堺市が企画した公募事業「100万円でつくる自由空間」で『堺市民100人がゴスペルを歌うイベント』に集まってきた人たちで結成されたゴスペルのサークル。

文芸

与謝野晶子倶楽部

芸術行事

利休忌(南宗寺。毎年2月下旬。千利休を偲ぶ)

白桜忌(覚応寺。毎年529日。与謝野晶子を偲ぶ)

阪田三吉名人杯将棋大会(毎年5月に開催。個人参加の大会では国内最大の参加者を誇る)

堺市美術新人展(6月。堺市立文化館)

堺市展(10月。堺市立文化館)

みはら芸術展(11月。美原中央公民館)

文化施設

図書館

堺市立中央図書館

堺市駅前分館

堺市立中図書館

東百舌鳥分館

堺市立東図書館

初芝分館

堺市立西図書館

堺市立南図書館

栂分館

美木多分館

堺市立北図書館

堺市立美原図書館

堺市立点字図書館(総合福祉会館内)

大学図書館

大阪府立大学学術総合センター図書館 - 大阪府在住・在勤・在学者は利用できる。

博物館など

堺市博物館

MCみはら(堺市立みはら歴史博物館)

堺市立埋蔵文化財センター

堺市立文化館

与謝野晶子文芸館

アルフォンス・ミュシャ館

堺市立平和と人権資料館

自転車博物館

堺刃物伝統産業会館(堺HAMONOミュージアム)

大阪府立大型児童館ビッグバン

大阪府立泉北考古資料館

小谷城郷土館

富士フォトギャラリー堺 - 富士フイルムの展示館

ソフィア・堺プラネタリウム

堺ヒストリックカーコレクション - 1920年代後半から80年代前半のドイツのBMWを中心に構成されている。現在は泉佐野市のりんくう国際物流センターで常設展示しているが、将来的に「ヒストリックカーミュージアム」の建設構想がある。

ホールその他

堺市民会館

栂文化会館

中文化会館(ソフィア・堺)

西文化会館(ウェスティ)

東文化会館

堺勤労者総合福祉センター(サンスクエア堺)

堺能楽会館

劇場

大衆劇場「和楽」 - 大衆演劇の常打小屋

医療施設

市立堺病院

堺市宿院急病診療センター

堺市泉北急病診療センター

堺市口腔保健センター

大阪労災病院

近畿中央胸部疾患センター(旧国立近畿中央病院)

近畿大学医学部堺病院(旧国立泉北病院)

国の機関

大阪地方検察庁堺支部

大阪地方裁判所堺支部

大阪家庭裁判所堺支部

堺簡易裁判所

大阪刑務所

アメダス堺‐大阪管区気象台の堺地域気象観測所。大阪府立大学の敷地内にある。

報道機関・出版・放送局

新聞社

朝日新聞堺支局

産経新聞堺支局

毎日新聞堺支局

読売新聞堺支局

日本経済新聞堺支局

大阪スポーツ(東京スポーツ関西支社)

ふるさと新聞(新金岡団地周辺のミニコミ紙)

泉北コミュニティ(泉北ニュータウンのミニコミ紙)

ホームタウン(泉北ニュータウンのミニコミ紙)

泉北光明池タウンニュース(泉北ニュータウン光明池地区のミニコミ紙)

サンケイリビング堺・和泉版

ぱど南大阪版(編集・発行はニワダニネットワークシステム)

出版社

堺泉州出版会(『堺泉州』『堺人』を発行)

関西鉄道研究会(『関西の鉄道』を発行)

はとぶえ会(『はとぶえ』を発行。堺市内の小学生の詩、作文、習字などを掲載している)

曙出版 - 東湊にあったカストリ雑誌専門出版社。伝説の雑誌『奇譚クラブ』の最初の発行元である。

書店

天牛堺書店 - 大阪の道頓堀やアメリカ村にあった名物古書店「天牛書店」(現在は吹田市に移転)の姉妹店(資本関係はない)で、堺市を中心に店舗を展開。新刊と古本を一緒に並べて販売する独特の様式で、これは全店共通である。

文学賞

自由都市文学賞 - 市制100周年を記念して1989年に制定。主題は「都市小説」である。選考委員は田辺聖子、藤本義一、眉村卓、難波利三。受賞作品は読売新聞(大阪版)に掲載される。

与謝野晶子短歌文学賞 - 産経新聞と堺歌人クラブ主催。「一般の部」と「青春の歌の部」がある。

ケーブルテレビ局

ジェイコム関西堺局(旧堺ケーブルテレビ)

ラジオ送信所

NHK大阪美原放送所(ラジオ第1放送。ラジオ第2放送所は羽曳野市にある)

ラジオ大阪送信所

地域型JPドメイン名

堺市は、政令指定都市なので、地域型JPドメイン名は city.sakai.jp が割り当られるはずであるが、政令指定都市移行の前に既に sakai.jp が汎用JPドメイン名として堺市以外の一般事業者に取得されていたため、堺市が利用すことが出来ず、現在でも city.sakai.osaka.jp が使用されている。 このようなケースは20074月に政令指定都市に移行する(予定の)浜松市でも発生する。これは、汎用JPドメイン名の例外として「都道府県名.jp」「中核都市名.jp」は保護したが、「その他の市名.jp」を保護しなかったことが主な原因である。また、県庁所在地の市であっても中核都市でない市名は汎用JPドメイン名として放出してしまった。(ex. 盛岡市)

 

堺市を舞台とする作品

テレビドラマ

『黄金の日日』(城山三郎)

1978年に放送された16作目のNHK大河ドラマ。城山三郎の原作を市川森一が脚本化。主役の呂宋助左衛門は市川染五郎(現・松本幸四郎)が演じた。大河ドラマで初めて町民が主役になった作品で、戦国時代の堺を舞台に貿易商人の活躍を描いた。

堺市にはこの作品の放映直後から、呂宋助左衛門ゆかりの南宗寺や大安寺を中心に観光客が押し寄せた。堺市は空襲で大きな被害を受けたため、戦後の旧市内は昔の面影をほとんど残しておらず、古い歴史を持ちながらも「観光地」という自覚は官民ともに希薄であった。放映より5年前の1973年に『街道をゆく』の取材で堺を訪れた司馬遼太郎も、「現在の堺を見ても中世に輝きを放った自由都市を思い描くことができない」と記している。

このため、堺市は急遽、「黄金の日日・観光ルート」という案内板を旧市内の数か所に建て、観光客向けに対応したが、堺の「観光」は「○○跡」などの石碑巡りが中心のため、繰り返し訪れるほどの魅力はないに等しかった。実際、ドラマの放映が終了すると堺を訪れる観光客は激減した。堺市が「観光」を全面に押し出したのはこの頃からで、先の案内板に代わる「てくてくろーど」という観光ルートを作成したり、「おいでよ堺へ」キャンペーンを実施したりするなど、観光客の誘致を図っているが、現状は厳しいものがある。

『水戸黄門』

TBS系にて1969年の放映開始以来、水戸黄門が堺を訪れた回数は6回。これは米沢、宇都宮、金沢、小倉と並んで5番目に多い。

小説

『秀吉と利休』(野上弥生子)

『本覚坊遺文』(井上靖)

『堺事件』(森鴎外)

『堺港攘夷始末』(大岡昇平)

『行人』(夏目漱石)

『三人は浜寺で降りた。この地方の様子を知らない自分は、大きな松と砂の間を歩いてさすがに好い所だと思った。しかし岡田はここでは「どうです」を繰返さなかった。お兼さんも洋傘を開いたままさっさと行った。「もう来ているだろうか」「そうね。ことに因るともう来て待っていらっしゃるかも知れないわ」。自分は二人の後に跟いて、こんな会話を聴きながら、すばらしく大きな料理屋の玄関の前に立った。自分は何よりもまずその大きいのに驚かされたが、上って案内をされた時、さらにその道中の長いのに吃驚した。三人は段々を下りて細い廊下を通った。』

『卍』(谷崎潤一郎)

同性愛を題材に、「美」に盲目的に崇拝して、その「美」に翻弄され、虐げられていく人々を描いた作品。作品の主な舞台は谷崎文学の「西の拠点」ともいうべき芦屋・岡本(神戸市)周辺と大阪だが、最後の場面に浜寺海水浴場が登場する。作品が発表された1928年は、阪神間モダニズムが花開いた時期と重なるが、作品に浜寺が登場するのは、阪神間に次ぐ関西モダニズムの一翼を担っていた点を意識したのではないかと考えられる。

『雪たたき』(幸田露伴)

『日本永代蔵』(井原西鶴)

「比津(堺)は長者のかくれ里、根の知れぬ大金持ちその数知らず、(中略)堺は始末で立つ、大坂はばっとして世を送り(以下略)」(堺には大金持ちはたくさんいるが、積極的な商売をせず、倹約家が多い。大坂は派手に世を送る人(=金遣いが豪快)が多い)。江戸時代の堺と大坂の力関係や住民気質を表している。

落語

『さかい夢』

『堺飛脚』

『妙国寺の蘇鉄』

『高野駕籠』

『戒名書き』

唱歌

『鉄道唱歌第五集 関西・参宮・南海篇』(190011月)

59.かけじや袖とよみおきし その名高師が浜の波 よする浜寺あとに見て ゆけば湊は早前に

60.堺の浜の風景に 旅の心もうばわれて 汽車のいづるも忘れたり 霞むはそれか淡路島

61.段通刃物の名産に 心のこして叉も来ん 沖に鯛つる花の春 磯に舟こぐ月の秋

62.蘇鉄に名ある古寺の 話ききつつ大和川 渡ればあれに住吉の 松も灯籠も近づきぬ

堺市に関連する有名人

堺市出身者

相賀真理子(元テレビ神奈川アナウンサー、中学まで堺に住んでいた)

安西冬衛(詩人)

李英和(北朝鮮研究者、民主化運動家)

井岡弘樹(元プロボクシング世界チャンピオン)

池田幾三(放送作家)

稲本潤一(WBAFAプレミアリーグ)選手、生まれは鹿児島県)

今岡信治(映画監督)

大西宏明(オリックス・バファローズ選手、生まれは兵庫県)

岡本英也(ガンバ大阪選手)

岡山一成(柏レイソル選手)

オレスカバンド(女子高生6人組のスカバンド)

角田信朗(正道会館師範・空手家・総合格闘技「K-1」競技統括)

片岡愛之助 (6代目)(歌舞伎役者)

桂歌蔵(落語家)

桂吉朝(落語家)

桂三枝(落語家)

河井醉茗(詩人)

河口慧海(僧侶、チベット探検家)

河内洋(元騎手、調教師)

河盛好蔵(フランス文学者)

北側一雄(政治家、生まれは大阪市)

木戸克彦(野球解説者、元阪神タイガース二軍監督)

行基(奈良時代の僧侶)

旭堂南陵(講談師、元参議院議員)

国木剛太(元広島東洋カープ選手)

久野収(哲学者、市民運動家)

倉橋仙太郎(劇作家、大河内傳次郎と上田吉二郎を育てる)

黒田俊介(フォークデュオ、コブクロ)

黒田慶太郎

黒谷友香(女優)

小西行長(安土桃山時代の大名)

さいとう・たかを(漫画家)

阪田三吉(将棋棋士)

阪本順治(映画監督)

猿渡ゆか (女優・リポーター)

沢口靖子(女優)

CIMA(プロレスラー)

詩乃優花(声優)

島成園(日本画家)

笑福亭純瓶(落語家、鶴瓶の弟子)

笑福亭松鶴(七代目。もと松葉。襲名直前に死去したため、死後に追贈)

白濱裕太(広島東洋カープ選手)

新橋遊吉(作家、『八百長』で直木賞受賞)

杉本理恵(元アイドル歌手、女優)

鈴木貫太郎(海軍軍人、第42代内閣総理大臣)

鈴木つかさ(お笑いタレント、ザ・プラン9

泉州山喜裕(大相撲力士、高砂部屋所属)

千利休(安土桃山時代の茶人)

曾我廼家五郎(喜劇役者、大阪府岸和田市出身説もあり)

曽呂利新左衛門(落語家の始祖、豊臣秀吉に仕えた)

田岡美也子(女優、演劇ユニット「グループる・ばる」)

武野紹鴎(茶人・豪商、千利休の師匠)

丹下健三(建築家)

辻尾真二(清水エスパルス、JFAJリーグ特別指定選手、中央大学3年在学中)

津田宗及(茶人・豪商)

露の都(女流落語家)

土佐光起(土佐派の絵師)

鳥居駒吉(大阪麦酒(現アサヒビール)創業者)

永澤俊矢(俳優)

中島浩司(ジェフユナイテッド市原・千葉選手)

中谷彰宏(作家、俳優)

中村吉晴(元KAIENTAI-DOJOコミッショナー)

中村豊(阪神タイガース選手)

中山康樹(音楽評論家)

夏目ナナ(セクシーアイドル)

並木ひろし(演歌歌手、ぴんからトリオ)

灘儀武(お笑いタレント、ザ・プラン9

西村眞悟(政治家)

二代前田竹房斎(竹芸家、人間国宝、重要無形文化財)

野中和夫(競艇選手、横山やすしとは中学時代の同級生)

畠田理恵(元女優、将棋棋士・羽生善治夫人)

羽地登志晃(徳島ヴォルティス選手)

林まゆみ(将棋棋士)

平岡直起(元大阪ガンバ、名古屋グランパスJリーガー。現FC岐阜)

福井貴一(俳優)

冨宅飛駈(プロレスラー、パンクラス所属)

藤井栄治(サンテレビ解説者、元阪神タイガース選手)

藤本義一(作家、『鬼の詩』で直木賞受賞)

堀ちえみ(タレント、白鷺に住んでいた)

堀美矢子(タレント、堀ちえみの妹)

前田ちあき(声優、旧名・前田千亜紀。ゲーム『ときめきメモリアル2』の佐倉楓子役など)

マーキー(FM802DJ

町田康(作家、『きれぎれ』で芥川賞受賞)

松永安未(ロックバンド『thetambourines』のボーカル、元辻尾有紗)

松原みき(歌手、作曲家)

間宮吉彦 (空間デザイナー)

萬田久子(女優、金岡団地に住んでいた)

三ツ矢歌子(女優)

宮田てつじ(お笑いタレント、シャンプーハット)

武蔵(格闘家)

森ほさち(女優、元宝塚娘役トップスター)

森祐理(ゴスペル歌手、元NHK教育テレビ『ゆかいなコンサート』歌のお姉さん)

薮内夏美(バスケットボールJALラビッツ選手)

山田真介(広島東洋カープ選手)

山田大介(お笑いタレント、ストリーク)

山田花子(お笑いタレント、吉本新喜劇)

山根康広(ミュージシャン)

山本功児(野球評論家、元千葉ロッテマリーンズ監督)

山本容子(版画家、生まれは埼玉県さいたま市)

由起しげ子(作家、『本の話』で芥川賞受賞)

横山やすし(漫才師、生まれは高知県宿毛市)

与謝野晶子(歌人)

呂宋助左衛門(貿易商人)

レツゴーじゅん(逢坂じゅん)(タレント、レツゴー三匹)

綿井健陽(ビデオジャーナリスト)

堺市にゆかりのある有名人

アニマル浜口(元プロレスラー、島根県から親戚を頼って堺市に来た)

家田荘子(ノンフィクション作家、堺市在住)

和泉式部(歌人、家原寺の近くに屋敷跡といわれる「和泉式部宮」がある)

一休宗純(禅僧、大徳寺再建のため堺の豪商に寄進を募る)

今井宗久(茶人・豪商、大和国今井町から堺に出て武野紹鴎に茶を学ぶ)

大久保利通(政治家、伐採されそうになった浜寺の松林を守った)

織田作之助(作家、北野田に住んでいた)

尾花高夫(読売ジャイアンツコーチ、社会人野球時代に新日鐵堺に所属)

唐木恵子(浪曲師、春野百合子に弟子入りし、現在は「春野恵子」と名乗る。堺市在住)

川淵三郎(日本サッカー協会会長、大阪府立三国丘高等学校出身)

金秀吉(映画監督、堺市在住)

黒岩重吾(作家、上野芝に住んでいた)

黒崎緑(推理作家、堺市在住)

後藤光貴(西武ライオンズスカウト、社会人野球時代に新日鐵堺に所属)

堺屋太一(作家、堺に住んでいた先祖が大阪市の谷町に移住し、名乗っていた屋号を筆名とする)

佐々木恭介(野球解説者、元近鉄バファローズ監督、堺市在住)

ジミー大西(画家、大阪商業大学堺高等学校出身)

肖伯(連歌師、池田から堺へ移り住んだ)

杉浦忠(元南海ホークス監督・ダイエーホークス初代監督、上野芝に住んでいた)

住田功一(NHK大阪放送局アナウンサー、堺市在住)

鶴岡一人(元南海ホークス監督、金岡に住んでいた)

土居君雄(カメラのドイ創業者。ミュシャの絵画とクラシックカーを堺市に寄贈)

土井隆雄(宇宙飛行士、大阪府立三国丘高等学校出身)

戸田孝(プロハスラー、堺市在住)

中江兆民(思想家、『一年有半』を堺で執筆した)

難波利三(作家、堺市在住)

西川きよし(タレント、百舌鳥に住んでいた。娘でタレントの西川かの子は堺市生まれの箕面市育ち)

西村栄一(政治家、奈良県出身で堺市議会議員から衆議院議員に。民社党委員長を務めた)

野茂英雄(日本人メジャーリーガー、社会人野球時代に新日鐵堺に所属、NOMO Baseball Club設立)

橋田壽賀子(脚本家、大阪府立泉陽高等学校出身)

山崎豊子(作家、堺市在住)

山本富士子(女優、浜寺に住んでいた)

ゆでたまご(漫画家、初芝高等学校出身)

若本規夫(声優、幼少の頃に山口県下関市から堺に移住。現在も両親が在住)